« 産まれてしまいました(;^_^A | トップページ | 今、『出来ないこと』にフォーカスする »

出産、コトの顛末まとめ。

早産の時の事の顛末を書き留めておきたかったのでここにメモっておきます。

3月7日土曜日の昼さがり、自分の実家にて夫と長男の食事の支度をしていると違和感を感じトイレへ行く。
赤色の出血があり、おしるしとは違うので病院へ問い合わせ。
すると、むこうは「心配なら来てください」とのこと。
心の中では「心配だから電話してんじゃねーか!」と、毒づく元気ありwww

時間外にきてあからさまに嫌そうな受付のおねいちゃんをクリアし、先生の問診と内診&NSTを受ける。
NST 

とくに子宮口が開いてるわけでも、赤ちゃんが今すぐどうこうというわけではないからまあ無理をしないでまた月曜日にでも来てください、と帰されたのが午後3時半。

・・・ところが。

病院の帰り道、ショッピングセンターのフードコートでお茶を飲んでるだけでもおなかが痛い。
大好きな本屋でさえ、おなかの痛みが気になる。
自宅へ戻り横になってても痛い。

しばらくごろごろしていると、夕食の支度を終えた母が「とりあえず食べれる時に食べときなさい」というので午後7時~7時半くらいの間に夕食をとった。
(いまおもえばこの母のアドバイスはものすごくよかった!!このあと次の日の朝まで何も食べられなかった。)
いつもの半分も食べられなかった。痛みの時間間隔がどんどん短くなっていることに気づく。なんだか陣痛っぽいなー、と疑うも予定日まで1か月以上もあるで前駆陣痛かも?とも思うがいかんせん痛すぎる!!
前駆陣痛 

もういちど病院へ電話をする。午後7時40分ごろ。
「念のため、入院の支度をして来て下さい。」
と、言われる。

車で病院へ着くとすぐに
「今日は入院になりますからこちらの申込書を・・・・」と、しょっぱないわれ大ビックリ!!
念のためじゃなかったのかよ!と毒づくも仕方ない。長男、いきなりのママがいない夜という試練を味わうことになる。たまたま夫が遊びに来てくれた夜でよかった。
パパがいるのがせめてもの救いだね。・・・と、その時は思ったが結局夫は私の付き添いでその後深夜2時過ぎの帰宅になることは、このときは知る由もない。

続いて自分。NST&血圧の測定を受ける。
胎児側は全く問題がなかった。
問題は私の血圧。
一般的に使われる、自動血圧計が使えない。測定ができないというのだ。

こういう血圧計 

助産師さんは「壊れちゃったのかしら?」と、その後2台替える。
しかし、どうにもおかしいらしく手動の血圧計を使い測定。

こういう血圧計 

その後あからさまに急に慌てるのでこっちがビビる。
「血圧が高いのですぐに先生呼んできますから」

血圧が高くて何が悪いのかが解らないため、よけいに不安。
伝えられた情報は血圧が200を超えているのがいけない、ということだけ。
先生が来ると
妊娠高血圧症 」とのこと。
血圧を下げる&おなかの張りを抑える点滴で一晩様子を見るという。その後も管理入院となる可能性があると伝えられた。
私はそれよりこのおなかの痛みをどうにかしてほしいことを訴えるが医師、助産師ともに「おなかの張りだから(我慢するしかないよと言外に匂わす)」という答え。
「おなかの張りでこういう痛さはないんだけど」と、腑に落ちない返事を訴えるも体に出産の兆候が現れないため医師たちはそう判断するしかない様子。
このあたりから痛みの余り、私自身の時間の感覚がまったくない。病院に着いたのが午後8時頃だったかな?というところから翌朝までまったく感覚がおかしくなってた(^^;)

※出産の兆候:例 破水、規則的なおなかの張り、子宮口開大など。私はいずれもなかった

その後、おなか痛いと訴え続けるも点滴以外の処置はなく、そろそろ夫は一旦病院を引き揚げようかとしたところ、胎児が急変。
心拍が急に半分以下に落ちる。胎児への血流確保のため
「四つん這いになって下さい!!」
と、かなりの勢いで助産師に言われる。
私にしてみれば滝のような汗をかき、呼吸も荒れ、痛みに耐えてる状況で更に姿勢を変えろだとぉおおおお?んなむちゃな!!状態である。
しかし、助産師さんは慣れたもので私の訴えなど聞いてるけどスルーwww。
がしがしと体を押さえ、支え、四つん這いへもっていく。
急に周りがあわただしくなり、おなかに子供がいるのに四つん這いで超苦しい姿勢の中、他人に服を脱がされて(汗)手術着を着せられ、ぱんつまで剥がされて (汗)紙パンツを着せられ虚ろってる意識の中、夫と先生が「常位胎盤早期剥離の可能性があるので緊急帝王切開します」と、言っているのがわかった。
知識としては知っていたので「えー、あたし超やばいんじゃない?死んじゃうかも?でも悪くない人生だったな」とか、痛いながら考えていました。

もうこのころの私は痛いほうが98%でそんなことを考えつつも、声を出すのも一苦労で手術前の質問すら満足に答えられなかった。
ほとんど夫が答えていた気がする。
聞かれたことは少し覚えていて

・麻酔したことありますか?
・アレルギーは?
・最後に食事をとった時間は?
・たばこ吸ってたことありますか?
(ここでイエスと答えて一日何本?と聞かれたときひと箱と返事をしてさらにひと箱って何本ですか?と聞かれたときは脱力したorz)
・タバコやめたの何歳ですか?

・・・他は忘れた。

手術室へ行くストレッチャーへ移るにもまた一苦労というか痛くて痛くてもう動きたくないのにやめてくれぃぃぃ!!!というかんじ。
体に違和感を感じ、なんだろうと考えた。そうだ!私いきみたいかも!!つーか、もうこれ産まれるよ!!と、死にそうとか考えてるのに頭の中はいろんなことでメリーゴーランドというかこれを走馬灯というのかいろんな考えがよぎりまくり。

いきむ(リンクページを下スクロールしてください)

「すいません、いきみたくなってるんですけど!」と、いうと
「すぐ麻酔しますから、がんばって!!(我慢してと言外に匂わす)」

↑このやりとりを手術室へ行くまで何回かしたけれど、取り合ってもらえず。

そんなこんなで手術室へ連れて行かれいざ手術台へ私を移そうというとき、私は我慢の限界に達していて先生に「出ちゃいます~!生まれます~」と怒号を発し、大きくいきんだ。痛みの頂点とともに、すーっ、と引いて行き「あー!でてきたっ!」というのがすぐにわかった。
ビビった?!先生はあわてて産道を確認すると、遠くにいる人に向って「もういい!そこ離れてこっち!!イソジン用意!!こっち!」と繰り返し、私の腹部をぐいぐいと押す。
今思うと完全に娩出していなかったのかもしれない。先生がおなか押してでてきたのか?それもうろ覚え。
とにかく帝王切開の手術をすることなく、自然に娩出されてきた。
生んだ直後は更に血圧が上がったため全身がガタガタ震え、これがほんとのガクブルだなーとか考えるくらい阿呆な私であった。
その後はしばらくはどの看護師さん、助産師さん、医師にも「手術室で産んじゃったひと」と笑い話になるくらいだった。

結果的に予後観察をした先生からは「この出血量だと常位胎盤早期剥離じゃないねえ。」だそうで「妊娠高血圧症」と「早産」だったという結論に。
妊娠高血圧症だったから、早産したのではなく発症と早産のタイミングが同じになったと考えられる、だそうです。

この後、眠ったら死んじゃいそうで(←考えすぎ(笑))なかなか寝付けなかった。
何回かこの日記でも書いたように血圧が200を下回るまで結構な時間がかかって、要注意だったのです。
今は笑い話ですが、ほんと一瞬でも自分の死を考えたので世の中見る目が少し変わりました。

ほかもろもろ、いろんなことをいっぱい考えましたがそれはまた次の機会に。(・・・って、またこういう書き方してすんません、マロ。さんに指摘されそう(笑))

|

« 産まれてしまいました(;^_^A | トップページ | 今、『出来ないこと』にフォーカスする »

子どもと一緒に」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1000091/28928232

この記事へのトラックバック一覧です: 出産、コトの顛末まとめ。:

« 産まれてしまいました(;^_^A | トップページ | 今、『出来ないこと』にフォーカスする »